新免疫療法でがんを          
克服した医師のページ

小林内科 院長 小林 利高
〒501-3861 岐阜県関市小柳町5番地

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私の病歴

私の病歴

小林内科院長の小林利高です
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○発症

1997年12月(38歳時)、左大腿部に、悪性リンパ腫を発症しました。最初は、小さな発赤が出現し、徐々に病変は大きくなり、最大で直径3cm大程度まで拡大しました。経過中、痛み、痒み等の自覚症状は何もありませんでした。悪性の病変とは考えず、抗生剤、ステロイドを塗布してみましたが、効果はありませんでした。大きくなるにつれ、発赤した中に、白色の網目状模様を形成し、通常の皮膚病変とは異なる、独特の異様な雰囲気を持っていました。当時勤務していた病院の皮膚科を受診し、免疫学的診断を含めた組織検査をしていただき、皮膚T細胞リンパ腫との診断がつきました。

 

○悪性リンパ腫とは

悪性リンパ腫とは、リンパ球ががん化したもので、通常は、リンパ節内に病変を形成します。リンパ節外に病変を形成する場合もあり、部位としては、胃が最も多く、次に多いのが皮膚です。

皮膚T細胞リンパ腫の経過は、皮膚病変を繰り返し形成する場合と、リンパ節内に病変を形成するようになる場合があります。悪性度は比較的低いとされていますが、病態が進行し、悪性度が高くなる場合もあります。通常の悪性リンパ腫に比べ、抗癌剤治療の有効性は低いとされています。

 

○検査

CT、MRI、エコー、胃カメラ、骨シンチ、等の全身検査では、他に病変は認めませんでした。左耳下腺部に、ガリウムシンチの異常集積を認めましたが、組織検査にて、慢性炎症との診断がつきました。左鼠径部にリンパ節を触知(リンパ節転移の可能性)していましたが、深部のため検査はできませんでした。

 

○手術

1998年5月、皮膚科の主治医先生に手術をしていただき、左大腿部病変を切除しました。病変部、皮下組織、筋膜を一部含め、直径10cm大程度の切除となりました。切除部位に、右大腿部からの植皮を行っていますが、定着が悪く、再植皮を行っています。再植皮でも、部分的に定着が悪い箇所がありましたが、その箇所を切除することで対処できました。2回の植皮を含め、入院期間は3週間程となりました。

 

○病理組織検査

病理組織診断では、主病変を取り囲む異形細胞(悪性細胞と正常細胞の中間)が、皮下組織、筋膜表面にまでおよび多数認められました。血液内科の主治医先生の御診断では、この異形細胞の存在のため、植皮が定着しないのではないか、とのことでした。

 

○キチンキトサン・十全大補湯

リンパ節外に病変を形成する悪性リンパ腫の場合、病変部を手術にて切除した後、通常、抗癌剤治療を行います。

左大腿部全体に、異形細胞が多数残存しており、左鼠径部のリンパ節転移の可能性があるため、血液内科の主治医先生からは、抗癌剤治療(CHOP6クール)、左鼠径部への放射線治療を奨められました。

そのころは、まだ新免疫療法の存在は知りませんでしたが、抗癌剤治療、放射線治療を、残存している(可能性がある)がんに対して行うのではなく、自らの免疫力を高め、自然治癒力を高めることを選択しました。顕微鏡検査、遺伝子診断でしか確認されないような、微小ながん(の残存の可能性)を治療するには、低下している免疫力を高める方が良いと考えました。

この悪性リンパ腫は、学会準備のため、2週間程、連日、ほとんど徹夜状態が続いた直後に発症していたため、体力、免疫力の低下が、発症に大きく関係しているという印象を持っていました。悪性リンパ腫の発症の数ヶ月前には、帯状疱疹を発症しており、こちらも、体力、免疫力の低下が、発症の原因となることからも、当時は、かなり体力的に無理をしていたことがわかります。

ちょうどその頃、大学に戻り、大学院生として研究生活に入る予定となっていました。救急病院勤務は、体力的にはかなりハードですが、研究生活では時間に余裕ができます。病院に、夜間、休日に呼び出されることも、当直も無く、規則正しい生活ができます。睡眠時間を確保し、この機会に体を休めようと考えました。

免疫力を上げる目的で、キチンキトサンと、漢方薬の、十全大補湯の内服を始めました。睡眠時間を、1日7時間以上確保するように心掛けました。

 

○大学院での研究

大学院では、気管支喘息の患者様のリンパ球に、インターロイキン12(IL-12)を反応させる実験を行いました。香川医科大学附属病院に通院中の、気管支喘息の患者様の中から、血液中の、好酸球数、Ig-E値の高い、アレルギー的素因の強い患者様を選び、その血液からリンパ球を分離し、IL-12を反応させ、産生されるインターフェロンγ(IFN-γ)等のサイトカインを測定しました。IL-12は、アメリカで人工的に作られたヒトIL-12を使いました。理論的には、IL-12により、ヘルパーT細胞の分画が、ヘルパーT細胞1型(Th1)が優位となり、アレルギー反応を抑制する状態となります。

実験動物のマウスとは異なり、ヒトは免疫学的には雑種のため、なかなか期待どうりの、整然とした実験データは得られませんでしたが、ある程度の方向性は示せました。IL-12により、Th1が優位となり、気管支喘息の病態が、改善するということになります。

 

○新免疫療法との出会い

新免疫療法と出会ったのは、その頃でした。毎日、書店の健康コーナーをチェックしていた妻が、八木田旭邦先生の著書“がん細胞が消えた”を見つけてきました。

新免疫療法との出会いは、何か運命的なものさえ感じました。AHCC、クレスチンの内服により、内因性のIL-12を誘導し、Th1を優位とし、キラーT細胞を活性化し、抗腫瘍免疫を高めるという、新免疫療法の理論は、私が大学院で行っていた実験と全く同じものでした。

 

○AHCC・クレスチン・ベターシャークMC

1999年2月、近畿大学腫瘍免疫等研究所を受診、AHCC1日6g、クレスチン1日3g隔日、ベターシャークMC1日20gの内服が始まりました。キチンキトサン、十全大補湯は、AHCC、クレスチンを内服していれば、必要ないであろうと考え、中止しました。β1-3Dグルカンと、漢方薬の飲み合わせが、効率が悪いことは、この時まだ知りませんでしたが、結果的には、十全大補湯の内服を中止したのは正解でした。

最初は、ベターシャークMCで下痢を起こしましたが、内服量を一旦減らし、その後徐々に増量することで対処できました。副作用は、この消化器症状だけでした。

 

○免疫の血液検査

3ヶ月後の免疫の血液検査で、TNF-α、IFN-γ、IL-12といったTh1系サイトカインの産生、キラーT細胞活性が、上がっていることが確認されました。後に、NKT細胞活性が検査に追加されるようになりましたが、私は、キラーT細胞活性と、NKT細胞活性の、2系統が高いタイプであることがわかりました。

がんの新生血管の増殖を反映する、VEGF値は高くなく、固形腫瘍が形成されているわけではないため、新生血管阻害剤であるベターシャークMCの内服は中止し、AHCCとクレスチンの内服を続けました。

 

○東西腫瘍免疫セミナー

2001年6月から、オリエント三鷹クリニックにて、東西腫瘍免疫セミナーが開催されるようになりました。これは、新免疫療法に興味を持つ医師の集まりで、八木田旭邦先生から、最新の新免疫療法に関する情報を御教授していただく研究会です。東西腫瘍免疫セミナーの会員となり、新免疫療法が、小林内科で行えるようになりました。

 

○体調は良好

新免疫療法開始後、今日まで、良好な体調を維持しています。免疫の血液検査は、やや低下する時期もありましたが、良好な値を保っていました。体力的に無理をすると、免疫力は下がります。腫瘍マーカーの、可溶性IL-2レセプターは、やや高値から正常範囲内上限にありました。画像診断は異常無しでした。(手術後5年が経過した時点からは、これらの検査は行っていません。)

体調は、睡眠時間7時間以上を心掛けた為、それまで以上に良好で、この間に2人の子供に恵まれました。開業前には、2年間、救急病院勤務もできました。

 

○現在の治療内容

現在の治療内容は以下の様です。

イミュトール(パン酵母由来β1-3Dグルカン)1日9カプセル内服。

ピシバニール5KE+5%ブドウ糖液20ml 3ヵ月に1回内服。

イミュトールの内服を行い、免疫の麻痺状態を回避する為、ピシバニールを、3ヵ月に1回内服しています。

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